掲載号:The SWEDEN HOUSE No.147
コクスカ・クローゲン
スウェーデン第三の都市・マルメもずいぶん変貌した。造船所跡地はモダンな集合住宅地域となり、高層ビルも増えてきた。
でも、ずっと変わらないのが旧市街地区。ここに私は”思い出のレストラン“がある。ストーラ・トーリ広場に面した半地下の店。現在は「オルスティデルナ」という一流スウェーデン料理店だ。
が、長い間「コクスカ・クローゲン」と呼ばれる人気の酒場兼レストランだった。16世紀初頭のレンガ造りの建物で、ヨルゲン・コックという銀行家の大きな館だ。半地下はワインの酒倉庫だったという。最初にそこに入ったのは1985年。でも翌年の夏、某婦人雑誌の取材で私はまた半地下の薄暗い店内に居た。
軽い食事を楽しみコーヒータイムの時だった。なんとも味のある赤銅色のコーヒーポットからコーヒーが注がれた。ジーッと見ていた私は考えるより早く言葉が出てしまった。
「そのポットを売ってください!」ウェイターは、もちろん渋い顔で拒絶した。「これは店の道具ですから」「実は私には幼子が2人いて日本からはたぶんもう来ることが出来ないんです。その素敵なポットをこの店の思い出にしたいのですが‥」
無茶苦茶な申し出だが、この地に、この店に、私は二度と来ることはないだろうと本気で思っていたのだ。店長が出てきて笑顔で売ってくれることになり、私は感激して大事に日本に持ち帰った。
ただその後、足掛け25年強、私は北欧通いを続けている。マルメにも出かけるが、思い出すたびに恥ずかしく、その店に入る勇気はいまだに出てこない。
Prof ile
深井せつ子
画家。北欧各国の清涼な風景に魅かれ、北欧行を重ねながら、個展・出版等で作品の発表を続けている。絵本に『イェータ運河を行く』、『風車がまわった!』、『一枚の布をぐるぐるぐる』など。北欧絵本『森はみんなの保育園』は昨年10月に出版された(全て福音館書店)。
[ホームページ]www.setsukofukai.com
Sweden 旅の途中で 2012年② >