スウェーデンの時間の概念
言葉というのはそれぞれの文化や思考をつかさどるもので、その土地ならではの地勢や歴史、習慣、風習、人々の営みが重なり合い、絡み合い、生まれています。日本語は世界の言語の中でも特に複雑で難しいですが、大変に奥深く、美しく、世界に誇ることのできるものです。
赤色一つをとっても様々な赤が存在して、その前後に結ぶ単語によって朱色なのか褐色なのか茜色なのか、はたまた弁柄色なのか、日本人の思考の中に自然と思い浮かぶはずです。
自分を指す「私」にも「僕」もあれば「俺」「わし」もあって、「我輩」や「拙者」など、年齢や立場、階級で言い方が違うので、多くの日本人には、それがどの年齢でどのような立場にいるのかが、その主語だけで理解でき、その出で立ちでさえもイメージできるので、落語のような話芸が成立します。どれだけ英語が得意な人でも、落語をそのまま直訳すると、自分を指す単語は「I(アイ)」のみだから、訳されて聞いている側には、私たち日本人がイメージする思考にはたどり着きません。必ずその「I(アイ)」が何才くらいで、どういう職業で、どの立場なのかを説明しないことには、話が成立しないのです。日本語の魅力はこういったところにもあるのかもしれませんが、通訳をする側がいかに双方の文化を理解し、双方の思考に沿って言葉を選び、その雰囲気やニュアンスに合わせてテンポを取り伝えるかが重要になってきます。
さて話を北欧に移しましょう。スウェーデンの言葉はゲルマン語族に属し、デンマーク語、ノルウェー語と似ていて、ドイツ語と親戚です。スウェーデン語、デンマーク語、ノルウェー語は、言葉を選べば双方の言葉で理解ができ、言い回しやことわざなどにも類似するものがあります。ただ最近日本で耳にするデンマーク語のHygge(ヒュッゲ)は他の北欧の国々にもない表現で、日本語で説明するのもなかなか難しい主観性を伴った言葉です。またデンマーク人の国民性やその土地の文化、日々の暮らしを理解した上で腑に落ちるもので、日本語で「心地よい」と単純に訳すのは、Hygge(ヒュッゲ)に隠された言葉の意味を考えると、少しもったいない気もします。
そんな北欧の人々は厳しい自然環境で生き抜いてきたが故に時間に忠実です。真面目に生きなければ生きていけないので、根が真面目と言えば良いでしょうか。スウェーデンの電車は時間通りに来ますし、ビジネスにおいても期限をしっかり守り、必要書類を提出してくれます。日本では当たり前のことでも、時間が正確でないことが当たり前ではない国々がたくさんあり……そういう国の方が多いかもしれず、こういった点においてもスウェーデンと日本にはいくつもの類似点があることがわかります。時間についてお話をすると、スウェーデンの時間の考え方は独特です。もしかすると日本よりも細かな時間の概念がスウェーデンの人々の頭の中に存在しているのかもしれません。例えば7時30分の場合、スウェーデン語ではHalv Åtta(ハルブ オッタ)と言います。日本語でいうと「8時まで30分」という表現方法です。7時45分はKvart i Åtta(クヴァット イ オッタ)「8時まで4分の1」となります。さらに興味深いのが7時25分の場合Fem I Halv Åtta(フェム イ ハルブ オッタ)と言い、「8時まで30分、まであと5分」といったニュアンスになります。7時35分の場合はFem över Halv Åtta(フェム オーヴェル ハルブ オッタ)となり「5分が過ぎた8時まで30分」となります。こういった表現があるほどですから、予定を5分刻みの時間で指定することも多々あります。例えば車でおおよそ35分ほどかかる目的地へ向かう場合、タクシードライバーにFem I Halv Fyra(フェム イ ハルブ フィーラ)「4時まで30分、まであと5分(15時25分)」にホテルに来てくださいと言うことがあります。日本人ならば15時15分、遅くとも15時20分と考えるはずです。スウェーデンの方と時間の約束をするとき、日本人が頭の中に思い描く思考と異なる思考を、スウェーデンの方は思い描いて話をしているかもしれません。
このようにその国の言葉を少しでも理解することができれば、その国の人々の思考を知ることになります。その上で相手と話をすると、その相手がなぜそのアイデアを出してきたのか、なぜその表現を使ったのかなどが分かり、より一層双方の理解が深まります。
Photo:Simon Paulin/ Imagebank. Sweden.se
時間にきっちり
先にも述べたようにスウェーデンの人々は時間を忠実に守ります。こう言った点はグローバルで考えると珍しく、故に日本人とスウェーデン人は付き合いやすいと言われる点はここにもあります。ただきっちりした日本人以上にきっちりしたところがあり、例えば制限速度が決まった道を車で走る場合は、驚くほどにその標識にのっとって車を走らせます。60km制限だと60kmぴったりで走らせます。
また、こんな笑い話があります。車で友人宅へ向かい5分前に到着したカップルは、約束の時間が来るまで、相手の家の周りをぐるぐると回って、時間がぴったりになるのを待っていたというのです。そのくらいスウェーデンの人たちは時間に正確です。
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堀 紋⼦:北欧ジャーナリスト&コーディネーター
10代でスウェーデンに渡り、ガラスのテクニックとデザインを習得後、ストックホルムで活躍するガラス作家に師事。帰国後、創作活動の傍ら北欧の⽂化イベントを企画開催。その後北欧情報誌の現地コーディネートやプランニングに携わる。現在は独⽴し東京とパリにオフィスを持ちながら、ヨーロッパの暮らしや料理の提案、執筆、現地コーディネート、北欧企業のビジネスサポート、PRを⼿がけるなど活動の幅は多岐にわたる。
< 2019年 3月号 スウェーデンの老後の暮らし、年金制度
2019年 5月号 スウェーデンのスピリッツ >