持続可能性 − 人の体温を活用してビルを温める?
随分前から耳にする持続可能性という言葉、今では大分日本にも浸透してきましたが、それでもまだまだ本当の意味での認識は浅く、このような分野で世界をリードする北欧からするとかなりの遅れをとっています。スウェーデンにおいて持続可能性はもはや当たり前のことで、それは国、地方自治、企業、個人といったそれぞれのレベルで見受けることができます。
1990年代始め、スウェーデンでは石油から地域熱供給への移行を推進し、住宅および商業施設ともに温室効果ガス(GHG)排出量の削減に尽力してきました。今日では集合住宅に供給されるエネルギーの80%以上が地域熱供給で賄われ、さらにその元となる熱源は産業からのリサイクル熱を利用してエネルギーに無駄がないよう工夫されています。
スウェーデン南部に位置するベクショーは、2030年までに化石燃料使用ゼロの目標を1996年に設定した世界初の街です。以来、地域熱供給を採用し地元の枝や樹皮、おがくずなどの森林産業廃棄物をエネルギー生成に活用しています。またエネルギー効率の高い建物を木材で建設し、公共交通機関はバイオガスと再生可能エネルギーで稼働させるなど、先駆的な取り組みを行っています。一方で交通手段として自転車を推奨したり、市内中心部に都市型農園を設けるなど、個人の行動をも促すマーケティングや都市設計を進めてきました。これにより2014年時点でベクショーの1人あたりのCO2排出量は約2.4トンとなり、その年のEU平均の約7.3トンを大幅に下回ったと言います。
最南端に位置する第3の都市マルメおよびその周辺地域は、気候変動に対して積極的な取り組みを行っています。その一つ、かつて造船所が立ち並んでいた地域はヨーロッパ初のカーボンニュートラル(二酸化炭素の排出量と吸収量が同じである状況)エリアとされ、100%再生可能エネルギーで稼働する冷暖房システムを実装し、真空吸引技術を使用して家庭ごみを地下の中央タンクに輸送する革新的なごみ管理システムを導入しています。また食品廃棄物は別途収集されバイオガスに変換されて公共交通機関の燃料として再利用されています。
北部に位置するウメオのオーリデム地区では、2008年に大規模な火災が発生したことを機に持続可能な再生プロジェクトを開始、よりエネルギー効率の高い建物の建設を実施し、1960-70年代に建てられた約400の集合住宅は、エネルギー消費量を50%削減することを目的にリノベーションされました。
持続可能な取り組みはこのような国と地方自治による大規模な都市開発だけではありません。
ストックホルム中央駅では毎日ここを利用する約25万人の体温を取り込んで、熱交換器を介して水を加熱し、隣接する建物の暖房システムに活用してビル全体を温めています。これにより建物の電気料金が25%削減されたと言います。
スウェーデンには約3,600基の風力タービンがあり、国内エネルギー消費量の約5分の1が賄われています
Photo:Karl Melander/imagebank.sweden.se
デザインに見る持続可能性
デザイン大国と日本でうたわれる北欧ですが、その業界にも持続可能性は常に存在しています。各企業が継続的かつ戦略的なアプローチとして環境、財務、社会の幸福の観点から組織内に周知させるとともに、同じガイドラインに立つサプライヤーや生産者をパートナーに選び、材料の選択、コミュニケーション方法、マーケティング方法に至る、企業が行うすべてのアクティビティに対して持続可能であることに着目しています。
製品を作る上で欠かせない素材に循環的なものを使うことは当然ですが、それはまずその素材の生産開始時点からものごとを考えなければなりません。そしてそこで働く人の箱である建物や使う道具、輸送時のエネルギーは再生可能なものであり、全ての人と自然に対して優しい必要があります。その上で製品の形状、機能、品質、適正価格、持続可能性の5つの指標が満たされてこそ本当の意味での持続可能性が成立します。
例えば北欧の暮らしに欠かせないテキスタイルですが、最近世に出回る様々な綿生地の多くにオーガニックコットンと表示されています。しかしそれらが本質的に何を指すのか、使い手である我々消費者は考えなければなりません。持続可能な開発目標(SDGs)に添ったものであるのか、通常のコットンと比べて農業用水やエネルギー使用量がどの程度減らされ生産されているか、オーガニックコットン一つとっても実は色々あるのです。またコットンの過酷な労働環境、児童労働は世界中で大きな問題とされています。例え環境に良い素材が使われていたとしても、小さな子供たちが劣悪な環境と労働条件で摘み取ったコットンであるならば、それは決して持続可能なものとは言えません。
ブランドに関わる全ての人の人生をも豊かにする本当の意味での持続可能性を追求し、その必要性、重要性を訴求しながら、環境問題を喚起する社会的責任が全ての企業にあります。そして一方向からものごとを眺めるのではなくて、本当に良い長く使える物を選ぶという消費者としての心の持ち方と責任も持続可能性の活動に含まれます。まずは知ること、感じること、考えること、そして論ずること、そこから持続可能な社会は生まれます。自分が何を選択し日々の暮らしを営むのか、最終的に何を次世代に遺していくのか、このような時代だからこそ一度足を止めて思案する必要があるのではないでしょうか。
2013年に開設されたスウェーデン最大の屋上太陽光発電設備の一つ
Photo:Jann Lipka/imagebank.sweden.se
メタンガスで走るバス
Photo:Aline Lessner/imagebank.sweden.se
移動手段に自転車を推奨し個人の持続可能性に対する取り組みを促しています
Photo:Aline Lessner/imagebank.sweden.se
小さな子供でも分別が理解できシステムを利用することが可能な真空吸引機能を持つゴミ箱
Photo:City of Stockholm/imagebank.sweden.se
堀 紋⼦:北欧ジャーナリスト&コーディネーター
10代でスウェーデンに渡り、ガラスのテクニックとデザインを習得後、ストックホルムで活躍するガラス作家に師事。帰国後、創作活動の傍ら北欧の⽂化イベントを企画開催。その後北欧情報誌の現地コーディネートやプランニングに携わる。現在は独⽴し東京とパリにオフィスを持ちながら、ヨーロッパの暮らしや料理の提案、執筆、現地コーディネート、北欧企業のビジネスサポート、PRを⼿がけるなど活動の幅は多岐にわたる。
< 2020年 9月号 室内の明かり 2020年 11月号 ルシア祭の伝説 >