欧米の主食というとパンを想像しがちですが、スウェーデンを始めとする北欧各国のそれはジャガイモです。朝食にジャガイモが登場することはありませんが、ランチやディナーには多くの場合、メイン料理にジャガイモがつきものです。スウェーデンのジャガイモは日本のものとはサイズも味も異なり、小粒のものが多く、煮崩れしにくく、濃厚で完熟した味が特徴です。茹でてディルなどのハーブと絡めたり、マッシュポテトにしたり、オーブンで焼いたり、揚げたりして添え物として食べるのが定番ですが、ジャガイモ自体を一品料理として調理することも多く、ポテトサラダにしたり、大きめのジャガイモを皮ごとオーブンでホイル焼きにしてディル、魚卵、サワークリームを混ぜたソースをかけスプーンでいただくのも人気です。アンチョビと生クリーム、バターで味付けしたオーブン焼き〈ヤンソンさんの誘惑〉はスウェーデンの家庭料理として日本でも知られています。
ジャガイモがスウェーデンに広く知られるようになったのは1724年のこと。貴族のヨナス・オルストローメル(Jonas Alströmer)がイギリスから持ち込んだ種でジャガイモの栽培を行い、スウェーデン全土に普及させたと言われています。実はその半世紀前の1600年代中頃、ウプサラ大学の校長を務めたオラウス・ルドベック(Olaus Rudbeck)が、ウプサラ近郊にある畑で観賞用植物として栽培を始め成長させるのに成功したという話もありますが、オルストローメルは自分が広めたと主張していたそうです。穀物不足による飢えが大きな問題となっていた当時のスウェーデンは、ジャガイモが子供達の飢えをしのぎ、貴重な栄養源になることを見越し、国を上げてジャガイモの普及に力を注ぎました。スウェーデンのような厳しい自然環境下であっても栽培が可能であることも大きな助けとなりました。その後、貴族のエヴァ・デ・ラ・ガルディ(Eva De La Gardie)はジャガイモを粉末状にしてデンプンとして利用する方法を見出し、さらに現在のスピリットであり、昔は薬としても使われていた〈アクヴァヴィット〉の原料としての利用方法を発見しました。こうしてジャガイモはスウェーデンの人々にとって安価で美味しい身近な食材として定着することとなったのです。現在スウェーデンの一人当たりのジャガイモの年間消費量は、日本の約10kgに対して52kgとされています。
Photo: Björn Tesch /imagebank.sweden.se
ジャガイモを主食として食べるスウェーデンですが、もちろんパンも美味しく日々の暮らしに欠かせません。今でこそどこでも様々なパンが手に入りますが、もともとパンの種類はそれぞれの地域によって異なります。
北部に伝わるものは厚さが数ミリのピタパンのようなトゥンブリョード。中部はクネッケブリョードという、パリッと歯ごたえのあるパン。そして南部は中部や北部のものよりは膨らみのあるパンです。厳しい自然環境の土地では採れる食材が限られ、その昔は極貧の生活を送っていました。昔のスウェーデンの穀物と言えばライ麦やオート麦が主流で、北部に至ってはそれさえも育たず、また厳しい寒さゆえイーストを発酵させることもできませんでした。そんな北部で生まれたのが薄くてパリパリのトゥンブリョードです。秋になると村にあるパン小屋に女性が集まり、共同でトゥンブリョードをたくさん作って大きな木箱に収納し、村人たちの冬の間の保存食としていました。1800年代までは貧しさゆえに、穀物の代わりに松、モミ、落葉樹の樹皮を使っていたと言います。
また南部のスコーネ地方やバルト海に浮かぶエーランド、ゴットランドの島は比較的気候にも恵まれ、スウェーデンでは豊かな土地とされています。このエリアはソフトライ麦の栽培が主流であったこと、そして風車の技術が発達していたことから、年中穀物を製粉することができ、さらに他の地域より早くからイーストが導入されたことで、北部のそれとは比べものにならない美味しいパンを作ることができました。
一方スウェーデン中部では、硬質のライ麦栽培が主流で、川の水の流れを利用した製粉所を利用していたため、冬場は使えず、そのために北部同様にカビの生えにくい、乾燥した長期保存が可能なクネッケブリョードが誕生したと言います。今ではクネッケブリョードはスウェーデン全土の85%の家庭で常備食材とされています。朝食、昼食、夕食時に食べられていて、昼食や夕食時はジャガイモがあっても登場します。また小腹が空いた時などはバターとジャムをたっぷり塗っておやつとしても好まれています。最近は口当たりを良くして食べやすいよう、ライ麦に小麦を混ぜたクネッケブリョードも販売されていますが、昔ながらのライ麦100%のそれは、スウェーデン人が腸の調子を整える時に食べる食品としても重宝されています。
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スモークサーモンには茹でたジャガイモが合います
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10代でスウェーデンに渡り、ガラスのテクニックとデザインを習得後、ストックホルムで活躍するガラス作家に師事。帰国後、創作活動の傍ら北欧の⽂化イベントを企画開催。その後北欧情報誌の現地コーディネートやプランニングに携わる。現在は独⽴し東京とパリにオフィスを持ちながら、ヨーロッパの暮らしや料理の提案、執筆、現地コーディネート、北欧企業のビジネスサポート、PRを⼿がけるなど活動の幅は多岐にわたる。