日本では、北欧はデザイン大国と言われています。その所以はもちろんご存知の通り、タイムレスで機能美が備わった素晴らしい家具や食器などが多く流通し、日本人を魅了し続けているからです。しかし北欧デザインの素晴らしさというのは、私たちの身近に存在する家具や生活用品のことを指しているだけではありません。北欧ではユニバーサルデザインが当たり前に浸透していて、それを特別だと思うこともないほどです。
ユニバーサルデザインとは年齢や出生、性別や言語、また障害の有無や個々の能力差に関係なく、誰もが理解し利用できる街づくり・建築・公共機関・商品・表記を言います。北欧は世界で注目されるほどのユニバーサルデザイン先進国で、ここにも福祉国家、デザイン大国と言われる所以があります。スウェーデンの人々の根底にあるのは平等と自立と共存です。誰もが社会に参加し貢献し、可能な限り自立して普通に生活し、必要な場合は自身の能力を人のために使うということです。そのためには街全体、建物全体や、住宅から日用品、表記、そして社会の仕組みに至るまで、ありとあらゆるところにユニバーサルデザインが必須となります。もはやユニバーサルデザインという言葉など存在しないかのように、それが当たり前として認識されています。
分かりやすい例で言うと、誰もが他国に入国する際に足を踏み入れる空港は、その国を象徴する場所ですが、スウェーデンの空港で見られるサインは言葉が分からなくても理解ができるよう、あらゆる箇所に絵が表示されていたり、色分けされていたりして見た目にも美しいです。それは街の様々な場所でも見受けられ、海外からの旅行者でも、子供でも、誰もが即座に判断することができます。
街の中や公共施設では、体の不自由な方やお年寄りの方が誰の手助けもなく、目的地までたどり着けるような導線やスロープ、手すりが、しっかりと確保されています。公共の交通機関では車椅子の人も他者の手を借りず自分で乗り降りできるよう、プラットフォームと車両がフラットに繋がるよう設計されています。エレベーターは駅に数カ所あり、遠回りする必要がありません。
リサイクルの文化がない国の人でも小さな子供でも理解できるよう、ストックホルムのアーランダ空港ではリサイクルゴミ箱のデザインがリニューアルされ大きな話題を呼びました。住宅地に設置されたゴミ箱は透明ガラス、色ガラス、資源ゴミ、プラスチックゴミ、その他のゴミと文字を読まずとも認識できる表記です。
スウェーデンを始めとする北欧のデザインは、機能だけでなく美しさも追求します。よってこれら街で見られる表記でさえも、見ていて楽しく可愛らしく感じるものが多くあります。ユニバーサルデザインから少し話は逸れますが、スウェーデンのある地方の駅ではエネルギーを抑えるため出来るだけエレベーターを稼働させず、人々に階段の使用を促す試みを行いました。階段をピアノの鍵盤に見立てて音が出るようにしたのです。結果、ほとんどの人が階段を使うようになりました。ユニバーサルデザインしかり、本当の意味でのデザインとは、人の自立心を助長したり、行動をも変えてしまう、あらゆる設計=仕組みを意味するのです。
Photo: Simon Paulin/imagebank.sweden.se
日本で海外の方をお連れしているとよくわかりますが、日本の街のサインには日本語の文字のみの表記が多く見受けられます。他言語が表記されていてもとても小さくて、まずはそれを見つけ出すことに時間がかかります。海外の方やまだ文字が読めない子供たちには理解するのがとても難しいのです。エレベーターは駅に一か所しかなく、さらには階段しかない場所もまだまだ多く存在します。もちろんスウェーデンにもそのような場所はありますが、この場合は人が普通に手を貸します。人口の差や文化の違い、異なる自然環境を持つスウェーデンと日本では比べることは不可能ですが、これらの根底には先に述べた平等、自立、共存の精神の違いがあるように感じます。そもそもスウェーデンでは平等ゆえに弱者という発想がありません。日本は世界に誇ることができる、心優しい素晴らしい国ですが、例えば福祉に対しての考え方が違います。出来るだけ自立できるよう道具を開発するというよりは、弱者に手助けをしなければならないという精神があって、どう自立するかではない気がします。そうかと思えば日本ではスウェーデンのように、街で困っている車椅子の人、白杖を携えている人に積極的に声をかけてサポートしているでしょうか。お年寄りに席を譲っているでしょうか。おもてなしの文化なはずなのにと、疑問を抱かざるを得ないシチュエーションを毎日目にします。オリンピックが開催される今年、そして今後ますますグローバル社会が根付く我が国も、誰もが同じように社会に参加できるユニバーサルデザインの必要性とその根底にある思想が求められているように感じます。
Photo: Simon Paulin/imagebank.sweden.se
Photo: Karl Melander/imagebank.sweden.se
Photo: iBeacon
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10代でスウェーデンに渡り、ガラスのテクニックとデザインを習得後、ストックホルムで活躍するガラス作家に師事。帰国後、創作活動の傍ら北欧の⽂化イベントを企画開催。その後北欧情報誌の現地コーディネートやプランニングに携わる。現在は独⽴し東京とパリにオフィスを持ちながら、ヨーロッパの暮らしや料理の提案、執筆、現地コーディネート、北欧企業のビジネスサポート、PRを⼿がけるなど活動の幅は多岐にわたる。
< 2020年 1月号 スウェーデンの主食 2020年 3月号 木曜日のエンドウ豆スープ >